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「スーパー歌舞伎 ヤマトタケル 最終章」 by Satsuki [歌舞伎]

ようやく東国を平定したタケル一行は帰りに尾張の国造のところに立ち寄る。
行きはけんもほろろに扱ったが、行き先々退治したタケルに娘(みやず姫)を差し出すのであった。
意地悪だった継母の皇后は病気で亡くなり、都への足取りが軽いはずだった。
しかし、帝からの最後の征伐を報告するのであった。伊吹の山に住む山神である。
父の命令で仕方なく戦ってきたが、これが最後というので征伐に向かうのであった。
新しく妻となったみやず姫には自分だと思って、草薙剣を預けていくのであった。
伊吹の神は年老いた老夫妻(山神、姥神)、簡単にやっつけられると油断をするのであった。
伊吹の山ではタケルが成敗に来ると鬼たちは慄いたのですが、タケルが草薙剣を置いてきた。
油断をしているというので団結するのでした。
山神は大きな獅子になってタケル一行に偵察に行くのだが、白い獅子は神の使い、逃がしてやれ!とタケルが言うのでした。
伊吹山で姥神が渾身の力を降り出して雹を降らすのでした。姥神は死んでしまいましたが、タケルは痛手を受けました。
山神は大きな獅子になりタケルと戦うのですが、殺されますがタケルも大きな痛手を受けるのでした。

【またこの戦いが見所です!】

待っている、エヒメには若タケル(ハネムーンベイビー)という5歳に成長した子供がいるのでした。
早く会いたさに無理を押して帰るのでした。
しかし、伊勢の国能煩野で尽き果てるのでした。
主を失った一行は都に帰り、都ではタケルの盛大な葬儀が行われるのでした。
帝や周りの大臣に翻弄され続け決して幸せでないタケルの事を思うと複雑な心境でした。
そんな時、帝の使がやってきて日嗣の皇子(継母の皇子)が急病でなくなり、若タケルが日嗣の皇子になるのであった。
一行が帝のところに向かった後、墓から鳳凰のような大きな鳥が現れ空へ飛び立つのであった。
【ここは宙乗りで華麗に飛んでゆくのであった・・・綺麗!!】

エピローグミュージカルみたい)
出演者が順番に挨拶をし、最後に鳥になって飛び立ったタケルが墓から現れ帝の前にひざまずき、ここで親子の心が通うのであった。

父からの愛を受けたくて征伐に行くのであったが、この物語に出てくる「悪人」は大和の人間より心があって魅力的な人々であった。
苦悩しながらでも人を殺める。 戦争ってこんなものなのかな?と思ったりしました。
熊襲や蝦夷の人間(縄文)鉄と米を持った大和の人間(弥生)が日本を制覇していく様子が感じられた。

この物語は親子の確執がありますが、猿翁(先代猿之助)と中車(香川照之)最後のエピローグで手を取り合うのがオーバーラップさせられました。
ワイドショーでも言っていました。

この物語の中で朝臣たちが「自分たちは風見鶏、上が右を向けと言えばそちらを向き、左と言われればおちらを向く、それが処世術」という場面がありましたが
作り事じゃなく、今もそのような体質が・・・なんて思いました。
私達には皇室、宮廷の内部は見えません。
ただその中から漏れてくる話で知るのです。
作為的にウソを流されればそれが真実として国民に知れ渡ることになるのですが、時々は本当の話も漏れています。
自分たちで情報の真意読み取らなければいけません。

 ーーーー歌舞伎の中に、現実の世界の投影がある、考えさせられます Harunaーーーー

「スーパー歌舞伎 ヤマトタケル Ⅱ 」by Satsuki [歌舞伎]

鉄と米の新しい文化の大和の政治になじめず自分たちで小さな国を作り暮らしていた熊襲のタケル兄弟を平らげ
意気揚々と帰ってきたヤマトタケル、これで帝のお許しが出て以前のように暮らせると思っていた。
しかし帝は褒美に自分のものにならなかったエヒメをタケルの正妻として、タケルのためにと蝦夷の地を平らげてタケルの領土とするように命じた。
タケルはただ父の愛を受けたいだけなのに、まだ命を懸ける試練を与えられる。
結婚の宴を2~3日だけ受けまた厳しい征伐のたびに出かけるのであった。
悲しい思いで、途中倭姫が斎王を務める、伊勢人部うに立ち寄る。
そして天叢雲剣(あめのむらくも)と困った時にこれを使うように!と小さな袋を与えるのであった。
そして、その夜はタケルを慕っていたオトヒメと過ごすように言った。

【兄の大碓でもオトヒメまで手を出せなかったのに、タケルは・・・ 姉妹とも妻にするなんて、昼ドラですか?しかし、ここは美しく物語が進まれますw
オモダカの女方は美しく初めてスーパー歌舞伎を見た男性は女優も出ていると勘違いする人がいます】

帝は道中には大和の国を裏切った吉備の国のタケヒコをともにつけた。
道中、二人が切りあえばよし、二人で蝦夷を成敗すればよしとの思惑であったが
タケルの人柄にタケヒコもこの人のために!と思うようになった
そんな焼津あたりまで来たときオトヒメが追いかけてくる。
相模の国造ヤイラムの使いが来て言葉巧みに草原へ誘い出すのであった。
草深いなかへと追いやられる、それと同時に火に囲まれ焼打ちに会うのであった。
困ったタケルは倭姫から貰った袋を開ける。
そこには火打石
火は先に付いたひより後から付けた火の方が勢いがある。
火を火で追い払うのでした。
天叢雲剣で草を刈り火を火で追い返すのであった。

【ここもスーパー歌舞伎の見せ所、火を表現するのですが・・・】

活躍した名剣を改めて「草薙の剣」と名付けるのであった。
相模の国造のヤイラムは熊襲の国へ祝いに来ていたヤイレポの弟
傷つけられた兄と自分たちの国を守るために長ける一行に奇襲をかけた。
自分たちは狩りをして平和に暮らしているのにどうして成敗するのかと叫びながら死んでゆくのであった。
タケルは心では熊襲、そして相模のこの兄弟の気持ちが痛いほどわかるのであったが、すべて父のためにと
丁重にこの兄弟の亡骸を祭って旅を続けるのであった。
この村の少年ヘタルベがヤマトタケルを慕ってここから度についてくる。
上総の方に行くのに海路を選ぶのであったが驕るタケルに怒った海の神が嵐を起こすのであった。
同行した占い師は「最も大切なものを生贄にすれば嵐は静まる」と・・・それはオトヒメ
しかしタケルはそれを無視して船旅を続けるのであったが船に雷が落ちてくるようになった。
オトヒメが一行の旅を続けられるように海の神に嫁ぐと言い張った。
皇后になるものは菅畳八重、皮畳八重、絁畳八重と24枚の畳を敷くもの最後に長けるから24枚の畳を敷いてくれと言いながら入水するのであった。

【この嵐の表現が歌舞伎伝統の布で表す、波布。嵐、そしてオトヒメとの別れの場面が見どころ】
私たちは「もっとも大切な物」それは「タケヒコ~~!」と友人と言い合うのですがw

 その3へ続きます

「スーパー歌舞伎 ヤマトタケル Ⅰ 」by Satsuki [歌舞伎]

スーパー歌舞伎とはケレン味たっぷり、例えば早変わりがあったり、宙乗りがあったり人をあっと言わせて楽しめる要素がいっぱいあるのです。
ケレンについて
http://ohanashi.edo-jidai.com/kabuki/html/ess/ess071.html
衣装は毛利臣男氏の斬新な衣装。舞台装置は朝倉摂さんの最小限でイマジネーションで素晴らしい舞台になるよう計算しつくされた舞台です。
20数年何度も上演しなおしてもそのスタイルが変わっていないからです。
斬新な新しい歌舞伎ですが、基本は歌舞伎の型なので研ぎ澄まされた美しさすら感じます。

あらすじは
帝に双子の皇子がいた。妃が無くなり新しい妃を迎えるのだがその妃に皇子が産まれた。
後妻の妃は我が子を日嗣の皇子にしたく上の二人を疎ましく思うのであった。
双子の兄(大碓命オオウスノミコ)はそれに気付き、帝に渡す異国の美人姉妹の姫(兄橘姫エタチハ゛ナヒメ、弟橘姫オトタチハ゛ナヒメ)を我がものにし、宮廷に行かなくなった。
そこで帝は弟の小碓命(オウスノミコ)に迎えに行かすのであったが、
父や継母が自分たちを疎ましく思っている事を話し、自分(大碓)の知恵と小碓の力で謀反を働くことを言うのであった。
純真な小碓はびっくりして兄に思い直すように説得するのであったが、争ううちに誤って兄を殺してしまうのであった。
【早変わりで二役を演じるのだがマジックを見ている位の早変わりで大碓、小碓を演じる】
父に報告に行くときに兄の謀反は話せなく、兄を殺し厠に捨てたというのであった。
小碓の残虐性に驚いた帝は大和になびかない熊襲征伐に行かすのであった。
多分生きては帰らない無謀な征伐であった。
悲しみをこらえ征伐に向かう途中、夫の大碓殺されたとエヒメ(兄橘姫)が仇討にやってくる。
熊襲では死ぬのだから、エヒメに殺された方がマシと思い無抵抗で殺されようとするのだが、
夫と瓜二つ、夫より心の優しい小碓の事が好きになってしまうのであった。
そして、小碓を可愛がっていた老大臣、帝の妹倭姫(ヤマト姫)、大碓小碓が戦っているところを目撃していたオトヒメ(弟橘姫)がやってきて無事に帰るよう言って女の着物を渡すのであった。
熊襲には兄タケル弟タケルが新宮を立てた祝いにと宴会をしているのであった。
小碓は叔母から貰った着物を着て大和の踊り女に扮し油断させ、殺してしまうのであった。
弟タケルが死ぬ直前に強い自分たちを殺した勇者に自分の魂と供に「タケル」の名前を与えるのであった。
そしてヤマトタケルと名乗るのであった。

【小碓は女に扮して一瞬のうちに小碓に代わる早変わり、そして凄い大立ち回りで第一部は終わる】
後妻をもらい後妻に皇子ができると大家騒動になるのですね。
天武天皇も長子に美しく、体格もよく、学問にも励み、人望も厚い大津皇子がいたものの後妻(鵜野讃良皇后)のちの持統天皇に謀反の罪で処刑され持統天皇の皇子(草壁皇子)が継ぐことになった。
私は大津皇子ファンなのです^^。もし鵜野讃良皇后に野心が無く、姉の子の大津皇子が天皇になって継いでいたら・・・と思うことしきり
歴史が大嫌いでしたが、このような古代には想像をかき立てるロマンがあります。
もし現代に当てはめたら・・・ドロドロですね。考えたくないです。

パートⅡに続きます。

 ーーーー今年の大河番組もドロドロしてますが、そういうのは歴史の中だけの話であって欲しいですよね。  Harunaーーーー
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「古典になったスーパー歌舞伎」 by Satsuki [歌舞伎]

大河ドラマにも出演していた、市川亀治郎丈が四代目猿之助襲名披露公演が始まりました。
それに出される演目はその名にちなんだ由緒ある演目がそろうのです。
亀治郎丈(亀ちゃん)は頭の回転が早い、芝居が上手いこれから中心となる俳優だと思います。
その亀ちゃんが襲名披露に「ヤマトタケル」を選んだのです。
この物語だと、歌舞伎の形を知らない香川照之さん(中車)そのご子息(団子)も共演できます。
最初は前例がないと松竹の幹部に断られたそうですが、前例は破るもの!ガンと受け付けず
認められるようになったのです。
先代猿之助丈が歌舞伎をもっと面白くするように 3S スピード スぺクタル ストーリ を考え
次々とヒット作を作り、若い人でも楽しめるような「スーパー歌舞伎」なるものを作ったのです。
古典を愛する保守的な人からは猿之助嫌いはいます。
しかし、江戸時代庶民の娯楽であった原点を考えれば、斬新な歌舞伎があってもよいのではないでしょうか?
古典に執着していれば尻すぼみになるでしょう。
スーパー歌舞伎「ヤマトタケル」は空前のヒットとなり「オグリ」「八犬伝」「三国志Ⅰ~Ⅲ」etc.作られました。
スーパー歌舞伎の影響で、スーパー歌舞伎の影響で、勘三郎丈も新作を作ったり(コクーン劇場の歌舞伎など)
保守的な音羽屋(菊五郎丈菊之助丈)も蜷川演出のシェークスピアの「十二夜」を作り大成功を収めました。
昔は怪訝視されていた宙乗りは今では普通の歌舞伎でも行われるようになりました。
今回は人気者の亀ちゃんの襲名披露とあってチケットは手に入りにくい状態ですが
何年か後でも機会があれば「ヤマトタケル」を見て頂きたいです。

  ーーーースーパー歌舞伎にこそ、江戸時代の歌舞伎の勢いが伝わっているのかもしれませんね。 by Harunaーーーー
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